TOKYO埋没毛

情緒しか書きたくない。ホモ。

心の中の少女が満たされるとき

 

引っ越しをしてしばらくたって、親友のCちゃん(ホモ)がとまりに来たとき

「このボロボロのドライヤーなんとかしなよ」
って言われた。
大学入学してからほぼ10年使っていて、持ち手の部分が馬鹿になって持つとパカパカする。
なんだけど、全然使える。
購入した当時は高くて、今でもちゃんとマイナスイオンだって出てる気がするし、
風圧だって普通のより強い。
使えてるならいいじゃんって思うわけ。
そしたら
「あんたの家に泊まりきた男は、このドライヤーで髪乾かすの?」
 
その日すぐにビックロいって新しいドライヤー買った。
長髪な訳でもないから、持ち手がカッチリした2500円の安いパナソニックのドライヤーで済ました。
使ってみると使用感には対した感想もなかったけど、新品のドライヤーがおいてある洗面所は、ちょっとだけ気分がいい。
 
そしたら、どんな効果なのかわからないけど1週間後くらいにその真っ白なドライヤーと使ってくれる殿方が泊まりにきた。
信じられないくらいセックスの相性がよくて、夜から翌昼間までに3回はヤった。
 
向こうがシャワーを浴びているあいだに来客用の安物の歯磨きを出してあげて、
まだ寒い時期だったから裸のまま布団にもどり、ケータイをいじって待ってた。
そしたら洗面所からブオーーーーとドライヤーの音が聞こえてくる。
 
買ってよかった。
正しい買い物だったじゃん。
ちょうどドライヤー買い替える前に古いパンツ全部捨てて新しいものに変えたりしたんだけど、
やっぱ細部に意識をまわして環境変えたら、運気もあがって、意識も変わって、こういう素敵な何かが、出逢いが待ってるのかもしれない。
 
彼とはその後、週一回以上のペースで会っていた。
週末になると2丁目で二人で泥酔して、そのままうちに泊まりにきてセックスをした。
一緒にご飯をつくろうってなったときは、6年使って切れ味の悪いニトリの包丁を新しく新調した。
シーツも3年くら変わらない無印の安いのから、麻混のものに変えた。
もちろん白いドライヤーでお互い乾かしあいっこなんかもした。
 
少しずつ生活が綺麗になっていく。
すすをかぶってくすんでいた毎日の生活も、なんだかあきらめばかり感じてた気持ちも、新しく生まれ変わって満ち足りたものに変わっていく。
 
けどひとつだけ、彼用の歯ブラシを、3本150円の安物から、
1本210円に変えることができなかった。
 
毎週会ってお互いの友達にも紹介はしたけど、付き合ってはいない。
好きって気持ちを伝えた際に、41の彼はこう言った
「歳だし次に付き合う人とは一生一緒にいたい。だから付き合うならもう少し時間が欲しい」
 
わかりました。
なら、付き合ったら、歯ブラシを買えよう。
だから、それまでは来客用の3本150円の歯ブラシでいいや。
付き合ってくれないといやだ。
ちゃんとした恋人になって、二つ同じ種類の、色違いのデンターシステマを洗面所に並ばせたい。
同じボディーソープとシャンプーを使って同じにおいを漂わせて、
白いドライヤーで髪を二人で乾かして、
新しいこの家で、二人の生活を新調していきたい。
 
 
恋をするといつだって、夢見る少女が目を覚ます。


シーツは4500円で、包丁は6000円。
ドライヤーは2500円。一緒に飲みにいけば10000円。
デンターシステマの歯ブラシは、たったの210円。

どんなに自由に使えるお金が増えたって、たった数百円の歯ブラシが
二つお揃いで並ぶことにこだわりたい。
だってそれはお金じゃ買えない。
 
ドライヤーだってシーツだって包丁だって食器だって、いくら二人で使ったって、結局全部、自分だけのモノだ。
けど、お揃いの歯ブラシは、彼だけのモノになる。
それはお金なんかじゃなくて、ずっと夢見てた幸せの日常のひとつだった。
二人の関係が本当に形として現れてくれると思ってた。
 
少女の心を満足させたって、きっと幸せなんかにはなれない。
 
彼の使ってたやっすい歯ブラシで洗面所の掃除をして捨てる。
自分は何を求めていたんだろう。
本当に彼と付き合いたかったのかな。
それとも自己満の集合体みたいな少女を満足させたいだけだったのかな。
これからもこの孤独な少女の夢を叶えるために、ずっと生きていかなきゃいけないのかな。
堅実に幸せになりたいと思う28歳のゲイの自分の中にいる、
どんどん不釣り合いになっていくマンガや映画の主人公みたいなキラキラした女の子。
 
歯ブラシ一本だけ置いてある洗面所で、
思い通りにいかず宙ぶらりんだった恋愛をアラサーのゲイはこすり落として、
少女はまた一時的に、眠りにつく。